友達の友達は友達・・・・若者の運動会
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天皇陛下御即位20年記念の「皇室こぼれ話と音楽のつどい」が、杉並区役所ロビーにて行われた。
山田区長挨拶では、天皇皇后陛下が杉並区に視察にいらした時の微笑ましいエピソードが語られた。済美教育センターでの、子供たちとのふれあいの様子が語られたが、シャープペンの芯の入れ方を生徒が陛下に教えて、うまくいかず生徒に「そうじゃあない・・・」と言われている様子は、微笑ましい。
その後、皇室ジャーナリストの高清水有子氏のお話と日本フィルハーモニー交響楽団による演奏をお聞きしたが、ロビーに集まった約150人の方々は、感動・・・感動・・・。
演奏曲は、ハイドン「皇帝」に始まり、「アベマリア」「「G線上のアリア」「北国の春」「イエスタディ」「カノン」「小さな世界」「星に願いを」だったが、それぞれ皇室の方々に関連する曲が演奏された。
皇室ジャーナリストとして、中越地震の取材をしていた時のエピソードを語られていたが、中越地震の時、まだ余震が続く不安の中、遠くから大きなトラックがヘッドライトを照らしながら入って来た時は、驚き感動したとか・・・そのトラックには、「杉並区」と書かれてあり、杉並区民として誇らしく、取材班に撮影してもらいそれがTVに放映されていたと話されていた。
また、皇室の方が、いらっしゃるとの事で、中学生たちが準備をしていた時のこと。子供たちの様子に半分不安だったが、両陛下がいらしたら子供達は、涙を流して心から親しく接していたそうだ・・・。
後で、中学生達から様子を聞いたが、何だか判らないけれど涙が込み上げてきたという・・・。子供たちにも感じる心、魂、遺伝子がつながっていた事に感動した・・・と話されておられた。
高清水さんは、ch桜でキャスターを務められているが、本当に静かで素敵な方である。
「アベマリア」は、バチカンで美智子皇后さまが自らピアノを弾かれた曲。
「「G線上のアリア」は、皇太子妃雅子さまがお好きな曲。
「北国の春」は、皇太子さまが、カラオケで歌われる曲。(4重奏で・・・・素敵)
「イエスタディ」は、秋篠宮殿下が、弾かれる曲。
「カノン」は、さやこさまが結婚する時に、流された曲とか・・・お母さまである美智子皇后が、さやこ様を抱きしめて「大丈夫よ」と語られた話で周りの方は、ハンカチで涙を拭っていた。きっと、それぞれの方が、ご自分のお子様の結婚式を思い出されたのでしょう・・・。
我が家の子供たちは、強制的に母の勝手な思いで、結婚式は「カノン」を弾く事になっている。男の子2人は、セロで、女の子2人は、バイオリンでカノンを弾くが・・・披露宴なので、その中の一人は花嫁姿であったり花婿姿であったりする。小さい頃弾いていただけで練習もしていないので、間違えるは・・・音は飛ばすは・・・でも、私にとっては、最高の時間で・・・思い出してしまったら・・涙が止まらなくなってしまった。
いつだってどの母だって、子供の幸せを願っている・・・・。 (最近は、残念な例外もあるけれど・・・・・)
「小さな世界」は、高円寺宮まこさま・かこさまが、手話で歌われた曲。
「星に願いを」は、愛子さまが、デズニーランドで・・・。
素敵な時間を過ごさせていただいた。その後、ご即位20年を記念しての記帳所で記帳。
9日から13日まで「皇室写真展」も開催される。
(演奏の後ろに売店があるが、透明のカーテンでなく屏風とかあればもっと雰囲気が出たのに・・・なかったのかしら・・・・??)
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草莽全国地方議員の会 の有志と 日本を心から愛する方々とで、都内数か所での街宣活動をした。
永住外国人参政権について、鳩山総理まで言及しているのに、マスコミはほとんどその危なさを伝えない。
地方参政権なのだから、日本に永住しているのだから・・・税金を払っているから・・・と安易に認めてはならない・・・との事で、各議員の地元で活動しようとの事となった。
高円寺南口には、竹内神奈川県会議員・二瓶中央区議・早坂都議(視察のため秘書)・吉田杉並区議・松浦杉並区議の5議員と有志20人程。写真を撮ったが・・・、顔が出てはまずい人はパス。
次は、三軒茶屋駅まえ・・・上島世田谷区議・二瓶中央区議・松浦の3議員。有志15人程。
次は、月島駅と・・・勝どき駅。ここは、二瓶中央区議の地元なので、二瓶議員の氏名の入った幟も車に張り付けた。次回は、各議員の幟も貼り付けよう・・・。
次は、麻布十番駅・・・と近くの交差点。山本港区議の地元なので、知り合いに会うので、とっても効果がありそう。
6か所の街宣活動だったが、ボランティア有志は、電車で移動して頂いた。疲れたことでしょう。心から感謝です。
その後、私は、明治記念館へ・・・・・・・・・・・・・。
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早朝に伊勢神宮に参拝してから・・・その後。蒼成院先生が、籠って「倭姫さま」のお人形を創った工房におっじゃまする事にした。
この視察は、古代の神々様の事を現代の子供たちに伝えるために何か出来ないだろうか・・・との思いもあったので、その工房やその土地に住む方々とも交流する事となった。
工房近くに住む Sさんを訪問し昼食を御馳走になってしまったが、そのお茶室に驚いてしまった。古い造りだったが、襖に菊のご紋・・・「なつめ」にも菊のご紋が・・・・・・。
床の間の掛け軸から、「今日庵」の由来もお聞きした。
思いがけず、伊勢の山で立派な「なつめ」を拝見。「たかつき」に茶器を置くお手前は初めて・・・いつもは、畳に直接茶器を置くのでとっても気になっていたが、素晴らしい。
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奈良から・・・倭姫様がたどった山道を車で4時間。伊勢神宮近くに泊。
早朝、宇治神社の宮司様の先導で伊勢神宮を参拝。20年に一度の遷宮に合わせて橋も新しく作られていた。
白い布が掛けられていたが、伊勢神宮に参拝するための宇治川に2本の橋があるのは、この時期だけだろう・・・。
20年に一度新しい社殿となる伊勢神宮。
16年前になるのだろうか・・・。伊勢神宮の遷宮時、高校生の娘と立ち会った記憶がある。初めは、所々にかがり火が焚かれていたが、真夜中にかがり火も消えて漆黒の闇となる。
皆、シンとして・・・・・そのうち、ザクザク・・・と足音だけが響く。神官さんの行列が、お通りになっている・・・・ようだった・・・。神様の引っ越し??
学芸大学の名誉教授の鹿沼先生に誘われて参加したのだが、後でお聞きすれば、そんな尊い体験はなかなか出来ないとか・・・。何故行ったのか・・・。きっと何か意味があるはず。
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御縁があって、奈良の大倭皇女宮にお参りする事となった。
この大倭皇女宮は、皇統神明に尽くされた淑徳高い原初斎王が、3000年の時空を超えて「蒼成院先生」によって造られたご霊廟である。近くには千帖敷き?という平野があり、古代の女性は、この地で枝に糸をかけて献上の布を織っていたという。
「日本民族の平和と慶福は、自然(かみ)と共存し一生懸命に生きぬくこと」と「こころ」の清浄と命の躍動を神の道の奥義と啓示され、古代国家の礎となり、代だいの倭姫の名を継ぐ皇女に継承されていったとの事。
私には、難しい事はわからないが、その地が神聖な土地である事は感じられる。
その地で考えさせられる光景にであった。
この神社を作った(初めは手造り・・・)時、後ろに大きな老木が立っていたらしい。神社を建てるにあたって「この木を切りましょう」と村の方々はおっしゃったそうだが・・・・
その神社を建てようと土地を買い造った「蒼成院先生」は、「まだ命のある木を切ってはなりません」と強く反対されたようだった。
私が見た光景は、その老木が倒れているその驚くべき光景だった。
台風で倒れたその老木は、神社にも、隣の看板にも新しく植えた木にも一寸の狂いもなく避けて倒れていたのだった。
あと5ミリ・・・右でも左でもずれれば、燈篭が割れるか看板が割れるか・・・・・石の椅子が割れるか・・・・
こんな事ってあるのだろうか。
その老木の「ありがとう・・・」という声が聞こえてくるようで、一瞬息を飲んでしまった。
生き物すべてに心があるのだ・・・
その後、その「蒼成院先生」は、その老木にお神酒をかけられていた。「ありがとう・・・ありがとう・・・」私も、手渡されたお神酒をかけさせていただいたが・・・・。
何ともいえない自然との一体感を感じてしまった。
この木は、「命をまっとうさせていただいてありがとう」と確かに言っていた。
木にも心があり・・・生きていたのだった・・・。
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10月27日、4時40分頃、国民集会参加のため憲政会館に行ったが、会場はまばら・・・大丈夫かなあ・・・(開会5分前の写真)
と思っていると・・・後から後から会場に人が溢れ・・・立っている人もいる。
西川京子氏が、上手に進行役を務めて下さっており素晴らしい司会。会館の外には3000人の方々がいらっしゃるようです・・・とおっしゃったが・・・どのような状況なのだろうか。
登壇者は、熱気あふれ言葉にも熱がこもる!会場も熱気で暑い。あまりに暑かったのとトイレに行きたくなったのでいったん会場を出てトイレに・・・
会場は、溢れているので中には入れないので、外から声だけ聞く。最後に国歌君が代を斉唱して終了。何故、最初ではなかったのか・・・何か意図があったのかしら。
会場を出て、警察の方に「今日の参加者は何人だったのでしょうか?」とお聞きしたら、「歩いた人は、900人なので全体で1000人ぐらいでしょうか」との事。「え・・・会場では3000人って言ってましたよ」???
それにしても・・・ch桜の撮影隊がいないのはとても残念だった。
ch桜は、前日まで、画面にフィリップを出して参加の呼びかけをしていたが・・・。その中で、水島監督が「デモ行進ではありません。移動です」「民主党に提出する請願書ですから住所氏名はデーターとなるのできおつけて・・・・」とおっしゃった事に対して活動の妨害と思われたのでしょうか・・・・・。
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その吉岡小学校に、疎開先での思い出を語りに杉3小学校の同窓生が毎年行って授業をおこなっている。小学校6年生で疎開した方々は、70才過ぎておられるが、感謝の念を忘れることなく、今も第二の故郷として懐かしんでいる。これもまた素晴らしい。
疎開と言われても・・・・交流と言われても・・・ピンとこなかったので、5年前に実際にその吉岡小学校に行ってみた事がある。
歴代の校長先生で作られている「清風会」の方々や教育長の方にまで歓迎されて驚き、この暖かい心の方々が、東京の子供達を戦時中に助けて下さったのだなあ・・・・と実感してしまったが・・・・・。
交流が始まって5年、お互いの学校に記念に「木」を送る事となった。
交隆流5周年記念に、吉岡小学校から杉3小学校へは「つつじ」、杉3小学校からは「さざんか」が贈呈された。
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